動物武術の虎鷹拳院日誌

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勁力への旅・その一

*若い頃、少林拳をかじっていました、二起脚の右足着地三回連続跳び、はできたのですが、とにかく低い。(右足着地とは、ジャンプした右足で着地すること) 旋風脚は両足着地がせいいっぱい。右足着地はとても無理でした。

*つまり、身体能力が低い。いつもぼーとしていて頭も悪い。人に簡単に騙されます。武術の才能も格闘技の素質も全く無い。それでも、他に趣味もないので武術を続けていました。もちろん、達人にはなれないけど、せめて勁力で撃てるようになりたいとは願っていました。

*ところが、八極拳も通背拳もその他も中途半端に終わりました。直接には、人間関係がメンドー臭くなったので止めたのですけど。

*形意拳は、上海の徐文忠先生の自宅に泊まり込み習いました。しかしある日、半歩崩拳を震脚でやって見せてくれました。私は、あーあ、また震脚かあ、とうんざりしてしまいました。震脚は八極拳でさんざんやったので、もういいや、と感じていたのです。今考えると、完全蹠行性(せきこうせい) の形意拳でした。踵でガツンと着地します。

*するとある日、形意拳の故郷、山西省へ行ったことのある先生のことを噂で知りました。これは、陳如慶先生(上海財経大学・武術教練) が教えてくれたのです。そこで、当時、上海市武術隊の総教練(監督) をしていた邵善康先生の自宅へ押し掛けました。暑い日だったので、スイカをごちそうになりガツガツ食べました。(オイオイ) 

*なんでも、宋鉄麟という有名な人の息子が健在だということです。宋光華先生というらしい。そこで、さっそく山西省太谷県へ行くことにしました。

*時は1989年、世の中は騒然としていました。上海市内は革命前夜のようです。中心街は学生のデモで歩くのもたいへん。道路は労働者がバリケードで交通止めでした。後の天安門血の日曜日、の前でした。デモ隊は、「人民警察愛人民」なんて叫んでいました。いや、そんなことないぞ、今に大弾圧が来るぞ、とイヤな予感がしていました。まさか軍隊が出動するとは予想していませんでしたけど。まあ、自分は外国人なので関係ないと気楽なものでした。

*噂では、北京に戒厳令が発令され、北京へ行っても駅から外に出られないらしい。そこで、北京経由はあきらめて、上海から山西省太源市へ向かう列車へ乗り込みました。当時は高速列車なんてありませんから、上海から太源まで27時間位、うんざりしながら寝ていました。ホントに着くのか不安でしたけど。

*太源では、山西省形意拳研究会(現在、山西省形意拳協会) 会長の張希貴先生の自宅を訪問。車派形意拳、宋氏形意拳、戴氏心意拳、などの情報を入手。(とにかく、なんにも知らないアホのフジマツ) その時、車派形意拳の先生たちもいたので、車派形意拳を見せてもらいました。戴氏心意拳の先生も紹介できる、と言われたのですが、なんとなく行かなかった。当時の戴氏心意拳は秘密主義でしたが、唯一開明的な先生がいるとのことでした。

*太源の駅から、怪しい私営のバスに乗り込み、いざ太谷県へ。よく解らないけど、駅前でおじさんがタイグー、タイグーと叫んでいる。タイグーとは太谷県のこと。ところが、途中で客を拾いながらなので、4時間もかかった。2時間で楽勝なところです。どんなバスだよ、と日本人の感覚では駄目です。

*宋光華先生の家を探し出す。さっそく、弟子入りを申し込む。同時に、泊めてくれと要求。図々しいです。

*ところで、当時の太谷県は外国人立ち入り禁止地区です。事前に上海市の公安局へ行ったのですが、許可が降りるまで一週間はかかる、と言われてしまった。メンドー臭い、と公安はスルーしました。

*宋光華先生に相談すると、弟子に警察官がいるから大丈夫となった。その晩に警察官が二人来て、警察署へ行く。パスポート見て、なにやら書類にサインしてOK。

*夜の食事も終わり、のんびりしていると、宋光華先生に広い土間に呼び出された。そして、熊の1号を教えてくれたと思ったら、いきなりドスンとやられました。あれ? なんだこれ? と混乱しました。

*たぶん大事なことを教えてくれたのだろう、と考えました。それが、私の動物武術の始まりでした。

*翌朝、一人で熊の1号を練習していました。すると、起きて来た宋光華先生がまた教えてくれました。たぶん、3分間位。習ったのはそれだけです。それを自分は生涯、追求することになりました。

*後に判明したところによると、熊の1号(熊形基本功) は、宋氏形意拳の五行拳の根幹でした.さらに後に解ったことですが、熊の1号は心意六合拳の熊吊膀と本質的に同じでした。また、熊の1号で、太極拳のロウシツヨウホも撃てるようになります。というわけで、熊の1号は、私の動物武術の大切な基礎となりました。

*熊の1号を教えてみると、みなさん肩が突出してしまいます。それで失敗します。これを、肩の暴走と称しています。すると、腕力だけで撃つことになります。あるいは、肩発勁病となります。

*大事な原則・・・「肩は尻にしたがう」、ということです。尻が主導します。これは心意六合拳の熊吊膀でも同じです。全ての宋氏形意拳の技、全ての心意六合拳の技に共通する原則です。拳でも掌でも同じです。(尻主導・・・これが形意拳の六合理論の本質です。これが解ると、六合理論は不要となります。) 

*これを身体の外側のラインで実行してはいけません。脇腹から鼠蹊部へ向かってのライン=龍腰を用います。この運動路線は前鋸筋から始まります。

*龍腰は腹横筋とも関係します。腹横筋で腹を左右へ引っ張ります。腹横筋で尻を巻き上げます。尻を収めます。いわゆる提肛のことです。

(中国体験記を消してしまい、叱られました。思いだしながら書いてます。勁力の発見と絡めて書いてみます。もちろん、つづきます。)
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by tiger-hawk | 2016-01-30 05:35 | 勁力への旅

回族心意六合拳・宋氏形意拳・動物武術・虎鷹拳院・姿勢勁力・藤松英一


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