動物武術の虎鷹拳院日誌

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カテゴリ:姿勢勁力( 400 )

浮かない足のために

(石抱き発勁、手枷足枷発勁の補足です。)

*石抱き発勁も、手枷足枷発勁も、浮かない身体のためにあります。

*浮かない身体とは、浮かない手と浮かない足、ということです。これがなかなか難しい。そのために、想像上の石、想像上の手枷足枷、を用いました。

*浮かない身体とは、沈む身体のことではありません。つまり、沈墜勁や震脚のことではありません。それらと対極にある思想です。

*沈む身体とは、浮いている身体が前提条件です。身体が浮いているから、沈むことができます。もし、身体が浮いていなかったら、沈むこともできません。

*直立二足歩行とは、前肢=手が浮く、ということです。これは見たまんまで、わかりやすいですね。地面から離れてしまいますから。同時に、後肢=足も浮いてしまいます。これは見てもわかりません。

*足はどうして浮いているのか? それは地面を蹴っているからです。ウォーキングやランニングを見ると、はっきりとわかります。

*地面を蹴らないために、石を抱いてみました。足枷を嵌めてみました。

*でも、落とし穴があります。それが、膝です。

*ヒトは膝で立って、膝で歩いています。特に、現代日本人に顕著です。

*立った時、膝で全身を支えてしまいます。体重は膝に降りてきます。だから、高齢になり筋肉=大腿直筋が衰えると、変形性膝関節炎になります。

*変形性膝関節炎にならなくても、膝に体重が降りた時点で、このプロジェクトは失敗です。

*ところがヒトは、低い姿勢になろうとすると、膝を折り曲げてしまいます。この習慣を変えなければなりません。

*そのために、まず、鼠蹊部を折り曲げます。同時に尻を収めます。これを覚えます。

*直立姿勢とは、鼠蹊部が伸びきっていることです。四足歩行動物のネコやイヌでは、鼠蹊部が折れ曲がっています。(おかしな二足歩行するイヌがいますが、やはり鼠蹊部は折れ曲がったままです。)

*次に、足首が折れ曲がります。すると、体重は足首に降りてきます。石抱きも足枷も、これを狙っていたのです。

*足首が折れ曲がらない前に、膝を折り曲げてしまうと、体重は膝に降りてしまいます。

*公式太極拳で膝を壊してしまう人がたくさんいますが、それは体重を膝に降ろしてしまうからです。それが根本原因です。国民は知らないので、不幸が広がっています。ぜひ、教えてあげてください。

*膝を折り曲げる前に、鼠蹊部と足首が折れ曲がります。それが大原則です。

追伸

手枷についての補足説明は、明日やります。別段、代わり映えしませんけど。すいません

遠方からお客さんが来るらしい。「いつもブログ拝見させいいただいています」と言われたので、「いつもつまらないこと書いてすいません」と答えておいた。

自分では新理論を展開したつもりはありません。解明しただけです。むしろ、なんで今まで解明されなかったのか? それが不思議なんですが? 誰かオセーテ !

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by tiger-hawk | 2017-12-02 08:11 | 姿勢勁力

石を抱いて発勁する

(昨日の体育館から)

*心意六合拳の古い語句に、地に輪っかの無いことを恨む、とあります。大地に輪っかが生えています。それを左右の手でつかんで、大地を引っさげて歩きます。

*これ、大地鶏行歩、と私は称しています。つまり、とても重いものを手に引っ掛けて、歩きます。すると、もはや地面を蹴ることができません。すると、足首が折れ曲がります。踵が高く挙がることはありません。とても長い距離は歩けませんが、短い距離で効果があります。

*これはあくまで、想像で実行します。本当に重いものを持つと、効果ありません。ダンベルを持って歩いても、無意味です。(たまにそんな馬鹿な質問をする人がいます。本当にいるので、あきれてしまいます。)

*注意点としては、膝に荷重をかけると、膝が壊れます。つまり、足首が折れ曲がらないと、膝が壊れます。その場合は、膝で歩いていることになります。初心者には教えないほうがいいようです。

*これと似たような技が、心意六合拳・四把捶にあります。それは、重い大きな石を抱いて歩きます。これもあくまで想像です。本当に石を抱いて歩いても効果ありません。

*石があまりに重いので、もうイヤになります。放り出したくなります。

*そこで石を持ち上げて、目の前の相手にぶつけてやります。具体的には双把=虎撲します。

*石を抱いて発勁、です。

*これを練習してみました。とてもよい発勁の練習になります。練習の時は、相手を押してやります。軽く吹っ飛びます。

*もちろん、体重を浴びせてはいけません。浴びせるのは、あくまで想像の石です。だから、前のめりになってはいけません。それでは石を落としてしまいます。

*腕の力だけでやってはいけません。それでは、石をぶつけられません。

*失敗する人・・・なんとか石は抱けるのですが、持ち上げた瞬間、石はとても軽くなってしまいます。ぶつける時は、石は無くなっています。

*あるいは、前のめりになり、石は自分の足に落としてしまいます。足指が骨折してしまいます。

*想像力の貧困です。あまりにも貧乏なんです。「想う」ことができません。

*想像することによって、発勁できます。

*私は、心意六合拳の師匠の後ろ足を見て、勁力を理解しました。

*それはただ見るだけでは駄目なんです。動画を見ても無駄なんです。

*動画を見てもいいんですが、その後に想像します。目の前に小さな先生を出現させます。その小さな先生が動きます。

*額の前、10cm位のところに小さい先生がいます。先生は8cm位かな? 等身大だとうざい。動かしにくい。見えにくい。

*頭の中で動かれると、うざいので、額の前に出してしまいます。

*動作や套路を覚える時も、額の前に出してやります。いつまでも先生の顔だとウザイので、自分の顔と身体に置き換えてやります。

*話しを戻します。

*この、石抱いて発勁、は全ての技に共通しています。単虎抱頭の劈でやってみました。パンチング・ミットでやります。

*撃ちたい人は腕力でやってしまいます。腕力でやると、腕はとても軽くなります。打撃も軽くなります。

*腕が曲がってしまう人は、打撃がとても軽くなります。(腕を曲げて短く撃つ方法もありますが、難しいので省略しました。その場合、鷹爪が完全にできていないと無理です。) 

*失敗する人・・・石を抱いて鶏行歩を全て忘れてしまいます。目の前のミット、あるいは自分の手に、心の全てを奪われてしまいます。自分の尻が出ていることも見えません。自分の足のことも忘れてしまいます。

*想像力が貧乏です。あまりにも貧乏なので、涙を禁じ得ません。ご同情申し上げます。アーメン 神のご加護を

*想像しましょう。あなたは石を抱いて鶏行歩します。十字架を背負ってゴルゴタの丘を登るキリストのように・・・違うか !

*失礼いたしました。神様、ごめんなさい。あっ見捨てないでくださーい ! 

*想像すると発勁できる、なんだか面白いですね。あなたも石を抱いて発勁しませんか? 

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by tiger-hawk | 2017-11-30 08:48 | 姿勢勁力

成れの果ての勁力

*武式太極拳の弓歩は、後ろ足裏側筋肉の伸張性収縮でできています。ところが、僑松茂先生の弓歩はちっとも力を感じさせません。伸張性収縮も見えません。


*しかし、その弓歩を受け止めた私はその力を感じ取りました。見た目は力を感じさせませんが、内実はとても力強いのです。


*これは一体どうしたことでしょう?


*実は同じような現象が私の中に起こっています。


*私の心意六合拳・鶏行歩は、どんどん力が抜けてきました。地面を蹴らない運動の成れの果て、というわけです。


*全然力強くありません。どんどん力弱くなっています。しかし、どういうわけか疲れます。この疲れは加齢のせいだけではないようです。


*勁力が進化したのではなく、深化したようです。それは、腓腹筋の下に潜り込むヒラメ筋のせいではないのか? と疑っています。


*だから、心意六合拳の弓歩よりも鶏歩のほうが強くなっています。


*心意六合拳・鶏歩と宋氏形意拳・六合歩では、ヒラメ筋を露骨に感じられます。そして、ヒラメ筋が潜り込むように、勁力が潜り込みます。勁力が隠れてしまいます。


*鶏歩の利点は、弓歩よりも足首が深く折れ曲がることです。足首が深く折れ曲がれば、勁力はより深化します。ヒラメ筋がはっきりしてきます。


*しかし、弓歩と鶏歩だけでは理解が難しくなります。その中間があれば、理解が容易になります。


*弓歩と鶏歩の中間はあります。それが、鶏行歩です。


*鶏行歩の後ろ足は伸びそうで伸びません。弓歩になりそうでなりません。その結果、大きい鶏歩になります。


*その大きい鶏歩に、露骨に姿勢勁力の根本が現れます。それは、拡大する下腿勁力トライアングルです。


*しかし、まだ先があるような気がしています。


関係ない追伸


石井明夫さんのCDに、6歳の息子さんの写真を使ったものがあります。これ、どうも声が違うような気がしていました。そしたら、他の様々なアーチストが歌っていました。トリビュート・アルバムでした。やっと解った。 アホや  オラとしては、本人のしわがれ声のほうが好きです。


暗闇が忍び寄る 気配がする

震える体と 奮い立たせる心

何度も何度も 見失い

近づく破滅の一歩先を


選ばれし人よ進め

自由をなすのに理由はいらない

選ばれし人よ 今

愛と勇気に言い訳は似合わない (セイクリッド・マーシー、石井明夫)


https://www.youtube.com/watch?v=pVB1elbXvvM


初々しいネーネーズ


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by tiger-hawk | 2017-11-29 08:48 | 姿勢勁力

下腿三頭筋の開発

*現代日本人の歩き方は、膝で身体をコントロールしています。大腿直筋で地面を蹴るので、そうなります。

*これは歩く途中の一本足状態の時に、身体が浮き上がってしまいます。

*普通に歩く時は目立たないのですが、心意六合拳・鶏行歩をやってもらうと、完全に浮き上がります。

*その典型的な症例がおじさんXです。おじさんX、かなり筋肉質なので、難しい症例でした。ところが、最近、下腿三頭筋の意識が芽生えてきました。

*昨日、見た所、ほとんど鶏行歩みたくなっていました。

*鶏行歩は、ニワトリの指行性一本足を元に作られています。

*ところが、ヒトなど霊長類は蹠行性です。鳥類やネコ科の指行性をそのまま導入できません。

*そのまま導入するとランニングになってしまいます。もちろん、身体が浮き上がります。ランニングはジャンプ運動ですから。ジャンブする筋肉は大腿直筋です。

*これを解決するには、足首に体重を降ろします。しかし、降ろしただけでは歩けません。

*そこで、足首が折れ曲がります。すると、足指へ体重が掛かります。これで、指行性に近づきます。

*すると、支える筋肉の下腿三頭筋が覚醒します。

*普段は棒のように身体を支えているだけの下腿三頭筋が、大腿直筋と主役交替して積極的な役割を担います。

*この下腿三頭筋の意識は、普段使ってないだけにかなり低くなっています。

*これを開発するのが、心意六合拳・鶏歩、宋氏形意拳・六合歩の役割なのですが、それだけでは難しい。鶏行歩を併用します。

*鶏行歩の大きい鶏歩で、発勁の初期段階を練習します。これを毎回やっていました。技は全くやりません。

*さすがになにも技をやらないのはいかがなものか? というわけで、心意六合拳・単把を少しやり始めました。

*単把はまだまだですが、下腿三頭筋の開発は順調です。これができると、さらに下層のヒラメ筋が覚醒します。

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by tiger-hawk | 2017-11-26 08:49 | 姿勢勁力

上腕と足をゆるめます

*力を抜く練習は、どうしても必要です。

*私の場合、宋氏形意拳のフニャフニャ崩拳を2年間以上続けました。お陰で、小学生も倒せない崩拳ができあがりました。

*これが、心意六合拳の地面を蹴らない鶏行歩の基礎となりました。もちろん、後に知ったことですが。

*地面を蹴らないということは、身体が浮き上がらないということです。

*例えば、オバチャンの24式太極拳を見ると身体が浮き上がっています。それは、地面を蹴っているのです。もちろん、本人の自覚はありません。この現象は全国共通です。なにしろ、北京の有名な先生も身体が浮き上がっています。

*オバチャンですから、足の筋肉は強くありません。つまり、地面を蹴ることは筋肉量とは無関係ということです。

*心意六合拳の場合、迫力が期待されます。その結果、地面を蹴ることになります。すると、身体は浮き上がります。

*心意六合拳、宋氏形意拳、武式太極拳では、強い下腿三頭筋が要求されます。

*すると、下腿三頭筋が地面を蹴ってしまうこともあります。これで、姿勢勁力は消えてしまいます。この場合も、本人に自覚はありません。もちろん、私には見えますけど。

*力をゆるめるとなると、合気道が有名です。しかし、合気道も地面を蹴ります。それは、地面を蹴ることがヒトの本能だからです。それは、常時直立二足歩行を始めた類人猿からの伝統的本能なのです。700万年の呪いです。

*武術というと、力を込めてしまいます。しかし、力を込めてはいけません。それでは力は出ません。

*しかし、例外が一つだけあります。それが指先なのです。その指先は指の力で支えるわけではありません。指先は前腕前半の筋肉で支えます。それが心意六合拳の鷹爪です。

*筋肉というと嫌いな人がいます。特に内家拳信者は拒絶反応します。そして、「腱」といいます。腱ならば誰にでもあります。ところが、鷹爪はなかなか難しいのです。もしも腱ならば訓練は必要ありません。頭が硬直しています。

*前腕前半の筋肉と指先を直結させます。しかし、上腕の筋肉はゆるめてしまいます。前腕の筋肉を使うと、肘を固めてしまう人がいます。すると、上腕の筋肉を緊張させてしまいます。すると、肩も緊張させてしまいます。

*前腕の筋肉と上腕の筋肉を分離させます。繋げてはいけません。全ての筋肉を使ってはいけません。

*力を込めると、滑らかに動けません。滑らかに動けないと、相手の反撃を許してしまいます。相手の反撃を力で封じようとしても、無駄なことです。モンスターのような人でも無い限り。

*力をゆるめるとは、下腿三頭筋もゆるめてしまうということです。もちろん、足指もゆるめてしまいます。足指は地面をつかんではいけません。

*どうしても力の抜けない人には、フニャフニャ崩拳をおすすめします。これもかなり難しいのですけど。自分では力を抜いたつもりでも、実はガチガチになっています。これも自覚できません。そして成功すると、とても弱い拳ができ上がります。アハハ

関係ない追伸

東シナ海に心の重しを捨てたのですが、身体は疲れきっていました。今やっと疲れが取れてきました。やっと復活しそうです。

シロクマさんへ

安くて性能が良いヘッド・フォンは、audio-technica です。

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by tiger-hawk | 2017-11-23 08:12 | 姿勢勁力

反本能・前肢の覚醒

*私は四両発千斤の本当の意味を解明しようと考えました。そのためには、古拳譜だけでは不十分です。そこで、心意六合拳と宋氏形意拳の動物に着目しました。


*それは、ヒトの直立二足歩行で得た物と失った物を考察することです。そこで、動物学と化石人類学に教わりました。それは、学者先生の成果に頼っただけです。


*つまり、自分独自の新しい理論は何もありません。私は馬鹿なので、独自の理論なんかとても無理なのです。ただ、現象としての四両発千斤=勁力を解明しようとしただけです。そこに新しい理論はありません。新しい理論を作る意図もありません。馬鹿なフジマツが背伸びしたところで、無駄な努力なのです。


*勁力を教える過程で、どうして肩に力を入れてしまうのだろうか? ととても大きな疑問がありました。肩の力を抜いて、と要求しても、どうしても肩に力が入ってしまいます。


*やがて、これはヒトの本能なのだと結論しました。だから、四両発千斤はヒトの本能に反する行為です。


*根本原因は足で地面を蹴ることです。地面を蹴ることにより、前のめりになります。すると、体重を浴びせる結果となります。すると、自分を支えるために肩に力が入ってしまいます。


*これを積極的に肯定したのが、肩甲骨発勁です。つまり、肩甲骨発勁はなんの解決にもなりません。事態は悪化するばかりです。


*直立二足歩行ですから、後肢で地面を蹴ります。そして、前肢は失われました。前肢は無くなり手となりました。この手がヒトの文化・文明を作り出しました。


*この失われた前肢を取り戻すために、心意六合拳の鷹爪があります。鷹爪は指先と前腕の筋肉を直結させるためにあります。それは筋肉ではなく腱だ、という人がいます。腱ならば訓練することなく、誰にでもすぐにできます。ところが、鷹爪はなかなか難しい。すぐにできるものではありません。


*鷹爪のためには、前腕の筋肉を覚醒させる必要があります。そのための訓練が鉄牛耕地なのです。一般の腕立て伏せは、肩と胸を鍛えます。しかし、前肢を取り戻すためには、肩と胸の力を抜く必要があります。だから、腕立て伏せはやってはいけません。


*鉄牛耕地は指を立て気味にします。すると、指を鍛えると誤解する人がいます。鉄牛耕地は指を鍛えません。あくまで、前腕の筋肉を鍛えます。だから、指に負荷を求めません。ベターと手を着くと、手首と肩に負荷が掛かります。それを避けるために、指を立て気味にします。


*肩と胸は連動します。だから、肩の力を抜くためには、大胸筋を抜くことが効果的です。大胸筋を完全に抜いてしまいます。これがいわゆる含胸拔背の意味です。いわゆる沈肩墜肘も同じ意味です。


*これに無知だと、大胸筋を縮めて固めてしまいます。そんな間違った含胸拔背が普及しています。


*胸がゆるむと、鎖骨の下の部分が凹みます。これが正しい含胸拔背です。


*大胸筋と肩を使わないので、代わりの物が必要となります。それが前鋸筋です。


*すなわち、腕を肩からではなく、脇腹の前鋸筋から生やします。


*脇腹というと、横腹を想定する人がいますが、この場合はもっと上です。


*脇の下のちょっと下のところです。これは小胸筋も関係しているからだと考えられます。


*これが心意六合拳と形意拳の称するところの、龍身のことです。


*肩から腕を生やすと、腕はとても軽くなります。本来の腕の重さよりも軽くなります。


*前鋸筋から腕を生やすと、腕の本来の重さを生かすことができます。


*これをディフェンスにも応用できます。相手の攻撃を上へ叩き、下へ叩きます。顔面に来た攻撃は上へ叩き上げます。胴体に来た攻撃は下へ叩き落とします。


*もちろん、拳も掌も重く成ります。


*龍は古代ワニの化石から想像されたというワニ学者の説があります。ワニは爬虫類です。爬虫類は脇腹から前肢を生やします。そして、龍も爬虫類です。


*それをヒトに適用すると、前肢=腕は脇腹の前鋸筋から生やします。これにより、失われた前肢が覚醒します。


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by tiger-hawk | 2017-11-21 08:09 | 姿勢勁力

身体は一つ、勁力は一つ

反本能その一の補足2です。

*地面を蹴らないということは、いいかえると体重移動しないで撃つ、ということです。

*ヒトの直立二足歩行は体重移動で成り立っています。当然、撃つ時も体重移動を利用して撃ちます。格闘技もそうなっています。人間武術もそうなっています。

*これも本能といえるレベルです。

*ところが、体重移動すると体重を浴びせる結果になります。すると、後ろ足は空っぽになります。

*正確には、後ろ足の下腿勁力トライアングルが空っぽになります。結果,勁力は消えてしまいます。見た目は足首が伸びています。

*勢いに負ける、ともいえます。

*これを克服するためには、足の力を抜きます。足は地面を蹴りたいので、常に力を入れる傾向にあります。その力を抜いてしまいます。そして、体重が常に下腿勁力トライアングルにあるようにします。

*ところがこんなことをいう中国の先生はいません。それで私も不安でした。私は間違っているのだろうか? と不安でした。

*しかし、宋氏形意拳の宋光華先生,趙栄昌先生、趙先輝先生などを観察すると、体重移動しているようには見えません。心意六合拳の師匠を観察しても、体重移動しているようには見えません。

*そして、宋氏形意拳の先生でも心意六合拳の先生でも、失敗していると感じられる先生は体重移動しています。

*この問題は中国では明確に語られていないようです。そこで、私はこの問題を徹底追求してみました。

*具体的には、宋氏形意拳の崩拳で徹底しました。心意六合拳の単把で徹底しました。その他の技でも徹底しました。

*その結果、前方へ突っ込むことが無くなりました。技の威力が倍増しました。

*反対に、少しでも体重移動すると、技の威力は激減しました。

*但し、体重移動しないということは勢いを殺すことです。すると、見た目の迫力は消えてしまいます。私の宋氏形意拳も心意六合拳も、迫力ゼロとなりました。

*これは私には好都合でした。なにしろひねくれ者のフジマツです。迫力ゼロなんて楽しいではありませんか。アハハ

*その始まりは、宋氏形意拳のフニャフニャ崩拳です。そこに心意六合拳が加わりました。すると、心意六合拳の師匠に罵倒されました。

*「お前のは武術ではない ! 踊りだ ! 」と罵倒されました。「それは踊りの師匠に失礼ですよ、センセー」と心の中でつぶやきました。

*なにしろその頃は私は、勁力なんてありません。勁力ゼロです。ただ、力を抜いていただけです。

*それでも、ここで力を入れたら駄目になる、という確信がありました。この道の先に勁力がある、と考えていました。

*そこで師匠の罵倒をやり過ごしました。ひたすら耐えました。

*これがフジマツスタイルの始まりでした。今では勁力があるので、フニャフニャ崩拳も見た目はフニャフニャではありません。心意六合拳も迫力はありませんが、それなりに見えます。

*さて、その方法です。ここが肝心です。

*勁力の起点は何処か? それは後ろ足の足指です。では、勁力の終点は何処か? それは後ろ足の足指です。起点と終点が同じなんです。なにしろ、体重移動しませんから、起点と終点が同じになります。後ろ足から伝わった勁力が手に伝わるわけではありません。

*ここでいわゆる「勁道」の概念は否定されます。勁道はありません。心意六合拳の「周身功・渾身拳」の本当の意味が理解できます。

*歩いて撃つ時は、前足一本足状態から撃ちます。この時、前足の足指が起点となります。この前足はすぐに後ろ足となります。その時、後ろ足足指となります。同じ足の足指です。結果は同じです。

*勁力の起点はもう一つあります。それは手の指先です。心意六合拳の鷹爪のことです。これも終始、変化しません。すなわち、勁力の起点と終点が同じとなります。

*これは自分が指行性四足歩行動物になった、と想像すると理解できます。あくまで想像ですけど。

*身体は一つ、勁力は一つ、となります。なにしろ勁力は姿勢ですから。

(予定変更して、ごめんなさい。次回は反本能その二となります。) 

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by tiger-hawk | 2017-11-20 08:51 | 姿勢勁力

膝ではなく足指でリズムを取る

(昨日の体育館から)

反本能その一、の補足です。

*現代日本人は膝でリズムを取って歩いています。そのために、いつも姿勢がユラユラしています。瞬間的に止めることができません。

*心意六合拳の鶏歩で、弓歩で、宋氏形意拳の六合歩で、瞬間的に止まることが要求されます。その瞬間に撃ちます。

*ところが、膝でリズムを取って歩いているので、瞬間的に止まることができません。止まったつもりでも、膝から上がフラフラしています。

*これは心意六合拳・鶏歩、宋氏形意拳の六合歩、の不安定を招きます。不安定では撃てません。

*膝でリズムを取るのがその人の体質だとしても、その体質に甘んじてはいけません。体質を変えてしまいます。

*その人の体質に合った方法? そんなことはチャンチャラおかしい。体質なんていくらでも変えられます。大衆迎合主義は、堕落を招きます。例えば4スタンス理論とかね。

*なにしろ、ヒトなど霊長類は蹠行性です。それをネコ科や鳥類の指行性に変えようというのが、姿勢勁力です。体質どころか本能を変える試みです。

*すなわち、膝でリズムを取るのではなく、足指でリズムを取ります。これが、隠れ指行性の正体です。

*では、踵は浮いているのか? と質問されました。踵は地面に触れています。それでいいんです。しかし、踵に体重はありません。

*必要なのは足指だけです。それも、親指・人差し指・中指だけです。薬指と小指は重要ではありません。これが親指側エッジの正体です。でも、薬指と小指は浮いていません。地面と触れています。踵と同じ扱いです。

*これを私は,心意六合拳の鶏行歩で、単把で、学びました。その始めは、宋氏形意拳のフニャフニャ崩拳です。つまり、六合歩です。

*誰かに教わったわけではありません。指行性も指示されたわけではありません。心意六合拳と宋氏形意拳の技を追求した結果です。当然の結果なのです。

*また、沈墜勁や震脚を捨てた当然の結果です。静かな勁力の行き着いた場所が、隠れ指行性なのです。

*足指でリズムを取ることを学びます。日常歩行も足指でリズムを取ります。そのためには、力を抜きます。

次回は、反本能その二、をやります。

追伸

フジマツの毒気が抜けてしまった。ダイジョウブか? お迎えが来るのか? とシロクマさんが心配しています。嫌われフジマツのモードに戻そうとしましたが、失敗しました。このまま毒気が抜けたままにしておきます。まあ、いいんじゃないでしょうか? 自分でも刺が抜けたかな? と感じています。このblog を見ているアンチの人たちも、もはや得るものは何もありません。

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by tiger-hawk | 2017-11-19 08:49 | 姿勢勁力

反本能の四両発千斤

*どうして地面を蹴ってしまうのだろう? 地面を蹴れば、身体は浮いてしまいます。すると、勁力は消えてしまいます。

*せっかく、心意六合拳の鶏歩を、宋氏形意拳の六合歩を練習しているのに、全ては無駄になってしまいます。

*心意六合拳の鶏行歩を教えていて、とてもイライラしていました。この人たちは想像力が欠如しているのか? 何か欠陥があるのか?

*ところがみなさんは正常でした。私が異常でした。みなさんはヒトとしての本能を守っていました。私は本能が欠落していました。というか、異常な妄想力がありました。

*心意六合拳の師匠からは、動物を観察しろ、と教わりました。動物園へ行け、と命令されました。

*師匠の隣家のニワトリを観察しました。フジマツ見ろ、と言われました。ニワトリは一本足になって止まります。そこからまた足を降ろします。後にそれは指行性一本足と解りました。それが心意六合拳の鶏歩と鶏行歩の原点です。

*心意六合拳には素朴な動物生態論がありました。これが動物武術の始まりです。その心意六合拳から形意拳が生まれました。形意拳も動物武術です。(その後、人間武術へ変化した心意六合拳と形意拳もあります。そのほうが主流になったようです。人間だから当然の結果ともいえます。)

*人間だから人間武術をやるほうが自然です。人間なのに動物武術をやるのは不自然です。不自然を承知でやるのですから、立ち方と歩き方も不自然になります。それが鶏歩と鶏行歩です。

*病気してから後、動物学と化石人類学の本を読みあさりました。動物武術ですから動物学を学ぶのは当然です。そして、類人猿からヒトとなる過程で、動物の特徴を捨ててヒトとなった特殊な動物を学びました。そのためには、類人猿と現世人類の中間を見るのが適切です。それは化石となって残っています。

*化石人類学によると、猿人は曲がっていた大腿骨を真っ直ぐに改造して、大腿直筋を始めとする大腿四頭筋を大きくして、直立二足歩行を始めました。類人猿と猿人の違いは、大腿骨を見ると簡単に解るそうです。

*それは、大腿直筋で地面を蹴っていたことを示しています。地面を蹴って立ち上がり、地面を蹴って歩いていたのです。

*しかも、霊長類は踵を用いる蹠行性です。それがニワトリの指行性一本足に学ぶとは、明らかに矛盾しています。心意六合拳と形意拳は、その矛盾の隙間を立ち・歩くのです。心意六合拳を代表する虎と鷹も指行性です。(鳥類は恐竜の頃から指行性です。)

*それはおかしな人間です。変態です。そして、ヒトとしての本能を捨てた状態です。

*発勁の極意といわれる四両発千斤の真実は、長い間、解明されませんでした。それはヒトの本能のらち外にあったからです。だから発見されないのは当然です。

*蹠行性のヒトが指行性に近づくためには、踵に体重が残っていてはいけません。そのために、足指と趾球に体重が来るようにします。

*そのためには、なにをなすべきか? 

*それは、折れ曲がる鼠蹊部と折れ曲がる足首、です。

*ヒトは低い姿勢を取ると、どうしても膝を曲げてしまいます。足首が折れ曲がることを知りません。

*しかし、膝を曲げてしまうと、膝に体重が載ってしまいます。ところが、現代日本人は膝で歩いています。だから歳取ると、変形性膝関節炎になってしまいます。

*また、鼠蹊部が伸びていると、どうしても膝に体重が掛かります。しかし、直立姿勢は必然的に鼠蹊部が伸びてしまいます。そのために、意図的に鼠蹊部を折り曲げる必要があります。同時に尻を収めます。これがいわゆる提肛です。

*足首が折れ曲がるのか? それとも膝が折れ曲がるのか? これはとても微妙な問題です。実際の指導を受けないと、体得できません。

*体重が後ろ足にあるだけでは、四両発千斤は実現できません。

*足首が折れ曲がり、指行性になり、ヒラメ筋が覚醒し、下腿勁力トライアングルが形成されます。これが勁力の根本となります。

*そのためには、体幹をゆるめて、足の筋肉もゆるめてしまいます。特に大腿直筋の過緊張を解く必要があります。無意識に大腿直筋が過緊張しているのが現代日本人です。

*人間武術の基礎といわれる馬歩では、大腿直筋の過緊張は全く問題になりません。人間武術の心意六合拳と形意拳でも、全く問題になりません。もちろん、ランニングでもウォーキングでも問題になりません。

*実は、心意六合拳の鶏歩、宋氏形意拳の六合歩には、もっと深刻な問題があります。それは下腿勁力トライアングルが地面を蹴ってしまう、という問題です。正確には下腿三頭筋が地面を蹴ってしまう、ということです。これでは勁力が消えてしまいます。下腿三頭筋ですら力を抜く必要があります。

*というわけで、四両発千斤のスポーツへの適用は無理です。スポーツは人間原理ですから。

*これが「反本能」その一です。実は、反本能はその三まであります。これを全部解明したのは、世界にフジマツだけです。(一部解明した人はいます。)

追伸

次回は、反本能その二・その三、です。その二は解明した日本の先生もいます。その二だけでも、かなり強力な勁力が出ます。

関係無い追伸

誰もいない海辺で東シナ海をぼーっと眺めていたら、辛い悲しい想い出が消えていきました。貝殻を拾って、記念にしました。やっと再出発できた気分です。

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by tiger-hawk | 2017-11-18 08:38 | 姿勢勁力

人間原理ではなかった四両発千斤

*あなたは四両発千斤の本当の意味を知りたいと思いませんか? 

*太極拳の極意といわれ、発勁の極意ともいわれる「四両発千斤」ですが、その内実は語られることがありません。それは知らないからです。だから教えることもできません。

*四両発千斤とは、四両のとても小さい力で千斤のとても大きい力を出す、という意味です。

*え? そんなことでごまかすな、ですか? それでは辞書を見てみます。

*両とはいろいろ意味がありますが、ここでは量詞のこと、つまり重量の単位です。1両で50gですが、旧制では、31,25gです。ここでは旧制のことでしょう。

*四両で125gです。16両が1斤です。1斤が500gですか。千斤で500kgですか。125gで500kgの力を出すのですか?

*随分ほらを吹いたものですね。いくらなんでもやり過ぎでは? まあ表現は大げさですが、だいたいの意図はわかります。

*でもこれ物理法則に反します。こんなことあるわけない。そこである要素を加えます。小さな筋力にある要素を加えます。要素は二つあります。

*その前に、勁力の源とは何でしょうか?

*勁力の源とは、骨ですか? 今流行のみなさん大好きな骨です。

*それとも、気ですか? 合気とかいいますね。

*それとも、筋肉ですか? 

*骨でも、気でも、筋肉でもありません。みんな間違いです。

*勁力の源は体重です。(重力も必要です。無重力状態では成立しません。) この体重を支えるために、骨も気(心理学) も筋肉も必要となります。

*体重なんていうと、それでは体当たりか? なんて言い出す人が現れます。体当たりではありません。

*体当たりでは、せっかくの体重が減ってしまいます。利用できる体重が減ってしまいます。

*それは地面を蹴るからです。地面を蹴るとジャンプ運動になります。身体が浮いてしまいます。身体が浮くと、身体は軽くなってしまいます。その典型がランニングやウォーキングです。

*そのままでは撃てません。そこで沈みます。それが沈墜勁や震脚などの動作勁力です。

*でも、身体が浮かなければ、地面を蹴らなければ、沈む必要はありません。何もする必要がありません。何もする必要が無いのが姿勢勁力です。

*太極拳や中国武術には伝統思想が憑き物です。陰と陽の魚が滑った転んだ、なんてやっているやつです。(太極図説のこと) でもそんな憑き物はクソの役にも立たないので、捨てましょう。そんなものはキョンシーの呪いです。武術はクソリアリズムで語りましょう。

*体重を支えるためには、ある姿勢が必要となります。ここで二つの要素がわかりました。体重と姿勢です。

*ところが、ここにたいへんな問題があります。

*それはヒトの本能の問題です。

*例えば、地面を蹴ること、です。ヒトとなる類人猿は、地面を蹴って常時の直立二足歩行を実現しました。地面を蹴らないということは、ヒトの本能を否定することです。

*また直立姿勢によって、前肢=腕が自由になりました。その腕で様々な道具作製と作業が可能となりました。その結果、腕は体幹から離れて、肩から生えることになりました。これもヒトの本能となりました。この本能は勁力運動の障害となりました。

*四両発千斤の意味がわからなかったのも無理がありません。それはヒトの本能の範囲には無かったのです。これでは誰にもわかりません。

*つまり、四両発千斤の運動は人間原理ではありません。それは動物原理の運動だったのです。それを人間原理で解釈しようとしたので、ことごとく失敗しました。

*私が動物武術の宋氏形意拳と心意六合拳から四両発千斤を発見したのは、必然でもありました。それは動物原理だったからです。それを武式太極拳で確かめました。

*もちろん、宋氏形意拳や心意六合拳を学習したところで、必ずしも動物原理に気付くわけでもありません。ヒトの本能の問題に気付くわけでもありません。私は運が良かっただけです。そのお陰で、人生の運は無くなったようですけど。トホホ

追伸

続きは、「反本能の四両発千斤」です。明日か明後日、blog に載せます。ではまた

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by tiger-hawk | 2017-11-16 08:39 | 姿勢勁力

回族心意六合拳・宋氏形意拳・動物武術・虎鷹拳院・姿勢勁力・藤松英一


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